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お人形の話

   

931お人形の話 sage New! 2009/05/09(土) 02:18:01 ID:Z1VNYdy+0

1日目
川辺の道を行くうちに、川上から小さな舟が流れてきた。
緩やかな流れとともに来る無数の舟にはお雛様が乗っている。
「もうそんな季節なんだな」
街境の橋のたもとまで来ると、街側の川岸や橋の上では大勢の人々が
賑やかな笛や太鼓の音とともにお雛様を見送っていた。
一方、境の橋を渡った向こう岸の河原は人影疎らである。
立ち上る焔のそばに友人を見つけたのでそちらに行ってみる。
水の清めだけでは手の施しようがない者達をここで荼毘に付すのだという。
彼らは灰となってようやく、この川を下ることを許されるのだった。
「ブサイクなお雛様はここで焼くんだよ」…見た目で差別するのはどうか?と
問えば「心の有り様を形に表すものだから、この分別法が一番確実」という。
木箱の中を覗き見て、彼の論に同意することとなった。
私とて早々に退散したいところであったのだが、
怖気づいて逃げ出した助手の変わりに手伝う羽目になってしまった。
黙々と、箱から取り出した怪雛を彼に手渡し続けた。
焔の中に投じられていくそれらと目が合わぬよう、川向こうの賑わいに視線を送る。
作業は順調に進んだ。最後は仏壇のような大きな箱。貼られた金箔が剥がれて無残な様だ。
桐に金を貼るなんて…観音開きの扉を開けてみると、中は雛壇になっているではないか。
…目が合ってしまった。お雛様達がすでに鎮座していたから。

932お人形の話 sage New! 2009/05/09(土) 02:18:54 ID:Z1VNYdy+0

その段飾りの、本来お内裏様とお雛様があるべき所には、人相の悪い爺さんと婆さんがいた。
高砂といわれる人形のカップルだ。それにしても意地悪そうだ。
3人官女は2人しか居ない。そっくりな顔の2人は背中合わせに寄り添っている。
あとで手にとって見たら完全にくっついていて離せなかった。まるでシャム双生児のようだ。
5人囃子と大臣と武官の姿はない。彼らが居たであろう場所には蝉の抜け殻のように着物だけがあった。
官女より下にお雛様がいる。豪華な衣装はため息が出そうだが、その上に乗っている頭は狒々のものだ。
人を馬鹿にしたような様子で鼻の下を伸ばしている。
サル面の女主人の両脇には狛犬の置物が置いてある。だがその一方は首がない。
そして、本来頂点にあるべきお内裏様はお道具よりも下、最下段に置かれていた。
御髪が禿げているので冠もずれてしまっている。その顔はブクブクと膨れ上がりまるで水死体だ。
衣装は翁よりも悪そうな生地。なぜか立ち雛状態なのだが、沓の高さが身長の3割を占めているように見える。
「これ作った人は病気だろう」
「作られた当初は、ごく普通の綺麗なものだった。でも持ち主の心を写してこうなった」
不快な一群を供養し終わる頃には、日も傾き西の空は赤々と染まっていた。
友に別れを告げ、一足先に家路についた。その日は夕食をとる気にもなれずそのまま寝てしまった。

952お人形の話 sage New! 2009/05/09(土) 15:25:19 ID:Z1VNYdy+0

2日目
3日後、私は再び先日の道を辿っていた。祭りも終わり、川辺の道は静かだった。
橋のたもとで向こう岸をみると、未だ焔が立っている。只ならぬ様子を感じた私は足を速めた。
焚き火の前で友人が頭を抱えてしゃがみこんでいた。
「どうした」と問うた声に振り向いた顔はやつれて青白い。
「もえん」「なんだ?萌…」「燃えんのじゃ」
3日間寝ずに火を起こし続けたがどうしても灰にならないという…たしかにその人形は赤々と燃える火の中に
無傷で立っていた。よくある市松人形のようだが、異常に長い髪がその足元にどんよりとトグロを巻いている。
ぐったりしている彼に、背負い籠から昼食用の握り飯を取り出して与える。5個の握り飯はあっという間に消えた。
火掻き棒で真っ赤に熾った炭の山から人形を引き出してみる。先日燃やした人形と比べれば随分普通の顔立ちだ。
「なんだ別嬪さんじゃないか」「ぜんぜん別嬪じゃない。とにかくキモいんだ」
先日、最後に供養した雛の入っていた仏壇。その箱と雛壇も焚こうと解体したところ、壇の裏側に括り付けられていたという。
そのまま流すか、灰にしてから流すかの基準は彼に一任されているようだ。
「それじゃ、燃やしたことにして、このまま舟に乗せて流しておいたら」
「まだ祓えてない。昔、似たようなことをやって川下や海の人から末代まで呪われた人を知ってる」
『陸に住む身なのに蝦や水母みたいにされたことは許せない』そう呪われたそうだ。私は始めて聞いた。
私は軽はずみな提案をしてしまったことを彼と水に詫びた。
不安がる彼を励まし、お人形を抱き上げて調べていると彼のケータイがなった。
その場に正座して電話に出ている。誰か分からないが偉い人かららしい。
「…元の持ち主に返すまで帰って来るなって」

953お人形の話 sage New! 2009/05/09(土) 15:28:24 ID:Z1VNYdy+0

その日の午後、私たちは駅に居た。人形の持ち主が住む大きな街までは、夜行列車でしか行けないのだ。
友人は、リードで繋いだ黒猫を連れていた。普通の猫の倍ほどの体格がある。ヤマネコかなにかだろうか?
私の背負っている籠の中には、綿に包んだ例の人形が入っている。友人はそれを持つことが出来ないためだ。
いや、正確には私以外の人間が持ち上げようとすると鉛の塊のように重くなるというのだ。
お人形は何故か私を気に入ったらしかった。こうして、私は旅にも同行する羽目になってしまったわけだ。
私たちのために2両目中ほどの席が用意されていた。4人掛の向かい合わせの席である。
友人は進行方向に向かった窓辺、私はその反対側に座った。背負っていた籠を傍らの通路側の席に下ろす。
猫は友人の隣に丸まり、頭を主の膝に乗せてゴロゴロいっていた。
通路を挟んで隣の席には幼児を連れた若い夫婦が座った。
駅を出てしばらくすると、隣の席の子どもが愚図りはじめた。泣き声は次第に大きくなる。
夫婦は懸命に諭しあやしたが子どもは泣き止まない。心配した近くの席の老婦人が飴玉を握らせてやっていたが
まだグズグズいっていた。
友人が「何とかならんのか」と視線を送ってくる。猫はというと、不審そうに子どもと私の籠を代わる代わる見つめていた。
人形の入っているその籠を窓側の席に押しやり、自分が通路側に移ってみると、子どもはピタリと泣き止んだ。
今度は向かいの席に籠を置かれた友人の方が泣きそうな顔をしていたが、見なかったことにした。

708お人形の話 sage 2009/05/30(土) 20:10:59 ID:vjq+w8qa0

3日目 庭 その1
目覚めると、友人は既に起きていて窓を少し開けたところだった。2匹の猫はお行儀よく並んで
ジッとこちらを見つめている。私は彼らに朝の挨拶をした。
「…増えた?」毛づくろいを始めた猫達を指して問うた。
「最初から2匹だよ。それはそうと、なんで出てきてるんだ?その…」
私は昨日と同じ席(進行方向を背にした通路側)に座っていた。傍らの窓辺をみて唖然とする。
籠の中に入れてあったお人形が座席に座っていたのだった。こんなに背丈が大きかっただろうか?
抱き上げてみると明らかに重くなっている。傷んでいるところがないか確認するが他の異常は見られない。
「き…きモ…」「何か言ったかい?」「何でもないッス」顔を洗ってくる、と友人は席を立った。
髪が少し縺れていたので足元の籠から櫛を取り出して梳いてやる。「よし。綺麗になった」
お人形の表情が少しだけ和らいだ気がした。
「おはようございます」昨日の子どもだ。お人形に向かって挨拶をしている。
私にも挨拶をし、手に持ったものを見せに来る。昨夜、彼が窓辺に飾っていた柊の小枝だ。
全ての葉の真ん中に穴が開いている。私たちの窓辺に辛うじて挟まっていた小枝も同様の様子だ。
「…綺麗な葉っぱだったのにね。どうしたんだろう」「あのね、それはね、お役目をは、は、ええと…」
「果たした?」「うん。はたしたの。だから、ありがとう、だよ」
「わかった…葉っぱさん、穴開いちゃったけど持っているよ、大事なこと教えてくれてありがとう」

709お人形の話 sage 2009/05/30(土) 20:11:48 ID:vjq+w8qa0

3日目 庭 その2
窓の外には遠き山々と田園の風景が続いている。朝餉を終えた頃であろう、馬を伴い再び田畑へ向かう人、学校へと向かう学生、
牧には牛が群れている…後方に向け走り去る丘の上に白い影が見えた。人ぐらいの大きさの動物だった。
「びゃぅびゃぅ」近い。昨夜と同じ獣の鳴き声だ。耳元で囁くような乾いた声音だった。得体の知れぬ獣は鳴き続ける。
私は列車の車輪が奏でる音の方に意識を集中させ、不快な音声を聞かぬよう耐えた。
「びャウビ…『ドドドドドドド』」列車の揺れとは異質の物音が、鳴き声をかき消した。私は辺りを見回した。
友人は外の風景を見つめ、猫達は通路向かいの席の家族の所へ行き、頭を撫でられてご機嫌の様子である。
何の変哲もない平和な光景がそこにあった。 今のは、私だけが陥った 白昼夢 であったのかもしれない。
やがて平原の向こうに森を囲む多くの家々が見えてきた。彼方には海。
「ご乗車ありがとうございました。次は終点T町…5番ホームへの到着…降り口左側です」

人形は籠に収まらなかったので、風呂敷に包み抱っこした。 列車が緩やかに駅に滑り込むと、子どもが寄ってきてお人形と握手をする。
「仲直り。今度は遊ぼうね。またね」何度も振り返り手を振りながら、子どもは家族とともに列車から降りていった。
私たちもホームに降り立った。
猫達はおとなしく各々リードに繋がれて、友人とともに先を歩いていく。改札を抜けると、休日の駅舎は比較的静かだった。
「A方面口」から町へ出る。
私は袂に入れていた地図を取り出した。友人も何やら手紙らしきものを取り出して読み返している。
「取説だよ」偉い人からの指示がかいてあるようだ。しかし、私から見ると真っ白な便箋である。
「ここの管理人さんに会いに行こう」地図上のある1点を指し示した。

710お人形の話 sage 2009/05/30(土) 20:12:37 ID:vjq+w8qa0

3日目 庭 その3
しばらくは駅前の雑踏が続く。10分ほど歩くと町並みは商店街から住宅地へと変わった。
「金の蓮通り:公園はこの先まっすぐ」と看板が出ている。通りに面した家々の玄関先には各々丹精した花鉢が飾られていた。
私たちの前方を大型犬を連れた人が歩いていく。背嚢の上にも荷物を載せている。大荷物だが足取りは軽い。行商の人だろうか?
「びゃぅびゃぅびゃぅ」…まただ。昨夜、それに今朝聞いたあの鳴き声だ。耳を澄ます。とても近い。
友人の方を見るが、何食わぬ顔で歩いている。猫達もすまし顔で歩いている。聞こえているのは 私だけ のようだ。
隣を行く友人の方から『ドドドドドド』と来た。先ほど列車内で聞いたのと同じ音だ。
昨日から、風呂敷包みに包んだ小さい四角いものを襷がけに身につけている。発生源はそこだった。
助かった!理由は良く分からないがこれで鳴きやむ、と安堵しかけたが「びゃぅびゃぅ」はさらに大きくなる。私はとうとう立ち止まってしまった。
抱っこしているお人形の顔を見ると、その唇が「びゃぅ」と鳴いていた。驚愕のあまり泳ぐ視線を前方の彼方へと逃がす。
大型犬が振り返った。優しいが鋭い眼光にビクリとする。次の瞬間、獣の鳴き声は止んでいた。お人形の顔も穏やかな表情に戻っている。
そして、前方を歩いていた犬と人の姿は消えていた。
足元を見ると、私の影から普段よりワルそうな面構えのヒダァリが湧いている。
忍び寄ってきた猫達がヒダァリに向かって軽快な猫流殴打術を繰り出している間に、私はお守り袋から金平糖を出し…口に入れた。
お人形の口にも含ませたのは言うまでもない。友人と猫達にも食べさせた。朝食までこれで大丈夫。
「あと2人前くれ」というので2粒渡すと、例の風呂敷包みを解いて、小箱の中の「誰か」にそれを渡していた。
数分後、ヒダァリは腫れ上がった頬を擦りながら、50mほど後方の並木の影からこちらの様子を伺っていた。
猫達に威嚇される度に悲鳴を上げつつも距離を置いて着いてくる。先ほどまでとは別人のようにチキンである。
花の回廊の終点、突き当たりに公園の門があった。野鳥の囀りが私たちを迎え入れた。

711お人形の話 sage 2009/05/30(土) 20:14:42 ID:vjq+w8qa0

3日目 庭 その4
様々な種類の木々が生い茂り、森といっていいほどだ。
大きな栂の木の傍に軽食の店があった。穏やかな黄色の薔薇が無数の花を咲かせてアーチを飾っている。
通常この品種は白花種の方が香りが強い。ここの薔薇は黄色だが白花種に引けをとらないほど良く香っていた。
ヒダァリは安らかな微笑みを浮かべ、アーチの手前で私たちを見送り、消えていった。
薔薇の歓迎の中「あるかんしえる」と書かれたドアを開け、私たちは店に入った。
門構えはささやかだが奥行きのある店だった。「太陽の間にて・防犯講習会:講師:長久手先生・足名賀先生」と張り紙がしてある。
玄関ホールの左側はサンルームになっている。リードから開放された猫達は陽だまりの中で寛ぎはじめた。
私たちも池を臨むテラスに通された。 テーブルを囲む椅子の一つが子ども用だったので、私はそこにお人形を座らせた。
サンルームの連中用にはローストマウスとミルク、こちらのテーブルは朝食セットを2人前注文する。
女給さんがやって来て、お人形の前に子ども用のボウルとお皿、スプーンを置いてくれた。
この店のオーナーは南の島とも縁が深いそうで、南洋風の珍しいメニューも揃っていた。
私は鹹蛋を混ぜたお粥を小さなボウルに取り分けた。 友人は黒パンに蜂蜜をかけたのを一切れ、皿に載せてやっている。
お茶とともに竹の蒸篭も運ばれてくる。 今朝のデザートとのことで、蓋を取ると桃の形をしたお饅頭が3つ並んでいた。
蒸篭に敷いてあるハート型の葉っぱは甘く良い香りがした。 根は薬にもなり、島では馴染み深い植物なのだそうだ。
「ちょうどお花も咲いたところですよ」カウンターの傍に置いてある鉢植えの木に、芙蓉に似た黄色い花が咲いていた。
鉢植えに隠れて姿は分からないがカウンター席にも客がいるようで、マスターと親しげに語らっていた。
サンルームの方を見ると、沢山の猫たちが車座になって何か話し合っている。
同行してきた2匹も早々食事を平らげたようすで、話の輪に加わっていた。
子ども用の食器が空になっているのを確認し、お勘定をしたのだが、猫の集会は続いていた。

712お人形の話 sage 2009/05/30(土) 20:16:39 ID:vjq+w8qa0

3日目 庭 その5
しばらくテラスからの風景を楽しんだ。菖蒲が花盛りだ。池のスイレンの影には大きな魚の姿が見える。
本槇の木陰では、兎と鹿に似た不思議な動物が寛いでいた。どこからともなく雄鶏の声も聞こえてくる。
猫達が会議が終わったと告げに来た。店内に戻ってみると、カウンターに居た客も既に立ち去った様子だった。
私たちは店を出て再び公園を歩き始めた。
しばらく往くと正面に一際大きな木が見えてきた。木全体に藤紫の花を咲かせている。木の下に幼児を2人連れたご婦人がいた。
幼子達は手に手に木の枝をもって、樹上に向けて話しかけている様だ。母親はにこにことその様を見守っていた。
と、子どもたちの傍らの地面に音もなく黒い影が舞い降りてきた。カラスだ。とても大きい。幼子達が差し出した枝を見つめる。
嘴で受け取ってみるも、イヤイヤ、をして地面に落としてしまった。
「「もっとさがそう!」」子ども達は歓声を上げ走り去っていった。ご婦人に理由を聞いてみる。
カラスというとゴミ漁りなど良からぬ印象があるが、この界隈のカラスは園内の木の実や小動物で足りているようだ。
攻撃してくることもなく、静かにこちらを見つめている。 時折ご婦人の話に相槌を打つように啼く。人語を解しているのだろうか。
棒のようなものに興味があるそうで、失くしてしまったお気に入りの小枝を探し続けているのだという。
「それはどんな形の枝ですか?」「ええ、たしか…黒くて真っ直ぐで先が三つと一つに分かれているのです」
私たちも道中でそれらしい枝を見つけたら拾っておくことにした。
「きっと見つかりますね」ご婦人が微笑むとカラスは「ァァ」と頷くように鳴いた。
大きな木に寄り添うように、美しい幹の大樹があった。私たちの住む高原ではお馴染みの木だが、温暖な海辺の街では珍しい。
基本的に自然に任せているが、要所要所で丁寧な手入れがなされているのだろう。
すぐ脇には常葉辛夷の花が良く香る小道がある。こちらは暖かい地方で良く見かける木だ。冬の間も葉を絶やさない。
小道を彩る優しい薄紅の石楠花の隣に「学校はこちら」と看板が出ていた。
小道の奥を覘くと、あの白い犬が歩いていくのが見えた。連れの人の姿は見えない。
人形を持ち主に届け終えた後、立ち寄ってみることにしよう。


714お人形の話 sage 2009/05/30(土) 20:18:08 ID:vjq+w8qa0

3日目 庭 その6
竹林と桃園の間をさらに道は続く。しばらく行くと小道が分かれている。針葉樹の林。椙のようだ。幹の太さ、生える間隔の均一さに感嘆する。
小道の途中、桐の木の根元に「公園係」とかかれたリヤカーが置いてあった。剪定した枝などが積んである。
管理人さんは、槲の木に梯子をかけて作業中だった。枯れた枝を取り去り、切り口に薬を塗っている。
「ああ、戻ったのか、そこにある肥料を花桃にやってくれ…分量は量ってある」
脇目も振らず作業に没頭している。私たちはお弟子さんと間違えられたらしい。管理人さんの作業が一段落するまで、
私たちは言われたとおり花桃に肥料をやっていた。
管理人さんが梯子から降りてきた。「なんだ、お前だったのか!いつ来たんだ?」友人とは親戚筋なのだそうだ。
挨拶を交わすと、友人は鞄から木箱を取り出した。「ご実家から預かってきました。遅くなってすまない、と託です」
「おう、待ってた!待ってたとも!ようやく持ってきたか」管理人さんはたいそう嬉しそうだ。早速木箱を開ける。
鉈が一振り入っていた。「『サクラ』と株元の花が暴れていてな…これを使えばカタがつくだろう」
お弟子さんがリヤカーを引いて戻ってきた。荷台には掘り起こした花の苗が積んである。ワトソニア、芽子、紫蘭、カンネだ。
植えてあった場所が悪く、隣の植物に駆逐されそうになったため移植するそうだ。本来、芽子やカンネは増えすぎて困るぐらい強いはず。
「先生、これらは柊の区画へ移植でしたね」「そうだ、ほどよい間隔をあけて植えてくれ」
芝生の向こうに区切られた花壇、柊の若木が植わっていた。先代の柊が枯れてしまい、新たに植えつけたという。
管理人さんは、香の木に添えた竹の支柱を立直し始めた。大きい枝が折れ弱っている様子だったが、残った枝先には新芽が吹き始めていた。
株元には名も無き花が、控え目ながらも可憐に咲いていた。
公園の裏門への抜け道を教えてもらうと、私達は雪柳の白や瑠璃唐綿の青に彩られた小道を戻った。
〈庭の話終わり〉


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