洒落怖超まとめ

厳選じゃない、完全網羅のまとめサイトを目指しています

どうして幽霊は鉄塔に登るのか

   

790 名前: どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか 2006/08/28(月) 21:33:50 ID:9j0TgqFm0
師匠が変なことを言うので、おもわず聞き返した。
「だから鉄塔だって」
大学1回生の秋ごろだったと思う。
当時の俺はサークルの先輩でもあるオカルト道の師匠に、オ
カルトのイロハを教わっていた。
ベタな話もあれば、中には師匠以外からはあまり聞いたこと
がないようなものも含まれている。
その時も、テットーという単語の意味が一瞬分からず二度聞
きをしてしまったのだった。
「鉄塔。てっ・と・う。鉄の塔。アイアン・・・・・・なんだ、ピ
ラァ? とにかく見たことないかな。夜中見上げてると、
けっこういるよ」
師匠が言うには、郊外の鉄塔に夜行くと人間の霊がのぼって
いる姿を見ることが出来るという。
どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか。
そんな疑問のまえに幽霊が鉄塔にのぼるという前提が俺の中
にはない。
脳内の怪談話データベースを検索しても幽霊と鉄塔に関する
話はなかったように思う。
師匠は、えー普通じゃん。と言って真顔でいる。
曰くのある場所だからではなく、鉄塔という記号的な部分に
霊が集まるのだと言う。

791 名前: どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか 2006/08/28(月) 21:34:54 ID:9j0TgqFm0
近所に鉄塔はなかったかと思い返したが、子供のころ近所に
あった鉄塔がまっさきに頭に浮かんだ。
夕方学校の帰りにそばを通った、高くそびえる鉄塔と送電線。
日が暮れるころにはその威容も不気味なシルエットになって、
俺を見下ろしていた。
確かに夜の鉄塔には妙な怖さがある。
しかし霊をそこで見たことはない、と思う。
師匠の話を聞いてしまうとやたら気になってしまい、俺は近
くの鉄塔を探して自転車を飛ばした。
いざどこにあるか、となると自信がなかったが、なんのこと
はない。鉄塔は遠くからでも丸分かりだった。
住宅街を抜けて、川のそばにそびえ立つ姿を見つけると近く
に自転車を止め、基部の金網にかきついた。
見上げてみると送電線がない。
ボロボロのプレートに「○×線-12」みたいなことが書い
てあった。
おそらく移設工事かなにかで送電ルートから外れてしまった
のだろう。
錆が浮いた赤黒い塔は、怖いというより物寂しい感じがした。
というか、日がまだ落ちていなかった。
近所のコンビニや本屋で時間をつぶして、再び鉄塔へ戻った。
暗くなると、俄然雰囲気が違う。人通りもない郊外の鉄塔は、
見上げるとその大きさが増したような気さえする。
赤いはずの塔は今は黒い。それも夜の暗灰色の雲の中に、そ
の形の穴が開いたような、吸い込まれそうな黒だった。
風が出てきたようで、立ち入り禁止の金網がカサカサと音を
立て、送電線のない鉄塔からはその骨組みを吹き抜ける空気
が奇妙なうなりをあげていた。

792 名前: どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか 2006/08/28(月) 21:35:28 ID:9j0TgqFm0
周囲に明かりがなく、目を凝らしてみても鉄塔にはなにも見
えない。
オカルトは根気だ。
簡単には諦めない俺は、夜中3時まで座り込んで粘った。
出る、という噂も逸話もない場所で、そもそも幽霊なんか見
られるんだろうかという疑念もあった。
骨組みに影が座っているようなイメージを投影し続けたが、
なにか見えた気がして目を擦るとやっぱりそこにはなにもな
いのだった。
結局、見えないものを見ようとした緊張感から来る疲れで、
夜明けも待たずに退散した。
翌日、さっそく報告すると師匠は妙に嬉しそうな顔をする。
「え? あそこの鉄塔に行った?」
なぜか自分も行くと言いだした。
「だから、何も出ませんでしたよ」
と言うと、だからじゃないかと変なことを呟いた。
よくわからないまま、昼ひなかに二人してあの鉄塔に行った。
昼間に見ると、あの夜の不気味さは薄れてただの錆付いた老
兵という風体だった。
すると師匠が顎をさすりながら、ここは有名な心霊スポット
だったんだ、と言った。
頭からガソリンをかぶって焼身自殺をした人がいたらしい。
夜中この鉄塔の前を通ると、熱い熱いとすすり泣く声が聞こ
えるという噂があったそうだ。

794 名前: どうして幽霊は鉄塔にのぼるのか  ラスト 2006/08/28(月) 21:36:02 ID:9j0TgqFm0
「あのあたりに黒い染みがあった」
金網越しに師匠が指差すその先には、今は染みらしきものは
見えない。
なにか感じますか。と師匠に問うも、首を横に振る。
「僕も見たことがあったんだ」
自殺者の霊をここで。
そう言う師匠は焦点の遠い目をしている。
「今はいない」
独り言のように呟く。
「そうか。どうして鉄塔にのぼるのか、わかった気がする」
そして陽をあびて鈍く輝く鉄の塔を見上げるのだった。
俺にはわからなかった。聞いても「秘密」とはぐらかされた。
師匠が勝手に立て、勝手に答えに辿りついた命題は、それき
り話題にのぼることはなかった。
けれど今では鉄塔を見るたび思う。
この世から消滅したがっている霊が、現世を離れるために
『鉄塔』という空へ伸びるシンボリックな建築物をのぼるの
ではないだろうか。
長い階段や高層ビルではだめなのだろう。
その先が、人の世界に通じている限りは。

 - Part 140, 師匠シリーズ, 洒落怖 ,