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ナナシの話

   

42本当にあった怖い名無し sage 2008/05/06(火) 14:33:32 ID:LoVTQL1f0

これが最後の書き込みになると思う。長くなるが許して欲しい。
昨日、無事に就職したことを報告する為に今は亡き親友の墓参りに行って来た。そ
の小さな墓前にはあいつの好きだった忽忘草の押し花が置かれていた。
「死んだ人間は生きてる人間が覚えててくれるけど、死んだ人間に忘れられた生き
てる人間は、どうすればいいんだろうな」
そんなふうに笑っていたのを思い出す。
そして思い出す。あの日の事を。

その日、前日の夜のことを引きずったまま僕は学校に行った。やっぱりナナシはい
なくて、アキヤマさんは何事も無かったように教室にいた。話し掛けてみたが、や
はりいつもと変わらなくて昨日のことは全部夢か嘘みたいに思えた。
そうだ、あの変なものはたまたまかち合ってしまっただけだ。あの悲鳴はナナシが
タンスに足でもぶつけたんだ。そんなふうに無理矢理解釈しようとした。
そして授業が終り、僕は荷物をまとめていた、そのときに。
「藤野、ちょっと、い?」
アキヤマさんが僕を呼び止めた。何?と聞き返すが、アキヤマさんは「ちょっとつ
は無言で中に入り、僕も後を追ううちに、屋上にやってきた。…寒気がした。そこ
は、ナナシの持つお母さんとの写真に写っていた、あの場所だったから。
「こっからね、おばさんは落ちたんだよ」
アキヤマさんは言った。ゾッとするほど淡々とした声だった。
「あたしがお見舞いに来たときにね、落ちてきたの。あたしの目の前に。ケラケラ
笑いながら。顔がゆっくりグチャッて潰れてね、気持ち悪かった。」
いつも無表情なアキヤマさんが顔を歪めていた。僕は何も言えず、黙って聞いてい
ることしかできなかった。
「おばさんはナナシにすっごい執着してた。おじさんがよその女と逃げちゃったか
らかな。頭おかしくなって入院してからも、ナナシにはほんとに、過剰に。だから
あたしが仲良くするのも嫌だったみたい。」

43本当にあった怖い名無し sage 2008/05/06(火) 14:33:56 ID:LoVTQL1f0

気持ち悪いよね、と笑った。僕はそんなナナシの過去は初めて聞いたし、そんなふ
うに笑うアキヤマさんも知らなかった。
でもアキヤマさんの話は終わらず、僕にとって最も衝撃的な一言を発した。
「、屋上にはナナシがいた。」
この、あたしが立ってる位置に。

それが何を意味する言葉なのか、わからないほど馬鹿じゃない。まさか、と思った。
でも、確信してしまった。
「ナナシが…お母さんを…?」
「ここのフェンス、おばさんが落ちるまでもうちょっと低かった。寒い時期だった
から、他に誰もいなかったし。」
ふふふ、とアキヤマさんは笑った。アキヤマさんがおかしくなってしまったと思っ
た。そのくらい怖い微笑みだった。
「その日から、ナナシは段々おかしくなった。パッと見何も変わらなかったけど、
変なことをするようになった。変なものも、あいつのまわりで見るようになった。
藤野もそうでしょ?
いろいろ見たよね?ナナシの家に、おばさんいたもんね?あれは失敗だったみたい
だけどね?たいしたことなかったし?
でもね、とうとうやっちゃったの!!!あぶないとは思ってたよ?やりすぎなんじゃ
ないかな、って?でもやっちゃったの!!もう手遅れになっちゃったんだよ!!!知ら
ない!!!!
あたし知らない!!!もうなぁあんもできない!!!!!あははははははははははははは
はははははははははははははははははは!!!!!」

狂ったようにアキヤマさんは笑い出した。怖かった。アキヤマさんじゃない。こん
なのアキヤマさんじゃない。僕はアキヤマさんの両肩を掴んで揺さぶった。
「なんで!!!!!なにが!!!なにが手遅れなの!!???ナナシなにやったの!!!!ねぇ!!!」
「だって!!!!!!」


44本当にあった怖い名無し sage 2008/05/06(火) 14:34:23 ID:LoVTQL1f0

「 そ こ に お ば さ ん い る ん だ も ん ! ! ! ! ! !

アキヤマさんがそう言って指差した先を見て、僕は全身に鳥肌が立つのを覚えた。
言葉がなにも出てこなくて、嗚咽のようなものが漏れた。
そこには、確かに女の人がいた。ラピュタのロボット兵のように手を垂らして、
顔はうなだれていて、真っ白いパジャマを着ていた。そして、ゆっくり伏せてい
た顔をあげて。
グチャグチャに潰れた頭をコキッと横に曲げて、目を見開いて、ニカッと笑った。
「うぁあぁっ!!!!!」
俺は叫んで後ずさった。アキヤマさんは指差したまま笑っていた。
怖い怖い怖い怖い怖い。それしか頭に無かった。以前にもナナシの家で見たはず
なのに、全く雰囲気が違う。気持ち悪いとしか言い様が無かった。
「キョウスケぇ、どうして逃げるのお?ママ、悲しいなあ?」

おばさんがニタニタ笑いながらこちらに向かってくる。キョウスケ、は、ナナシ
の名前だ。おばさんは僕らをナナシだと思ってるんだろうか。
「ちが、僕は、ちが」
「キョウスケぇえぇええっ!!!????!!」
おばさんが走ってきた。嫌だ。気持ち悪い。気持ち悪い。嫌だ。
「いやだぁああっ!!!!」
目を瞑った、そのとき。なにかが燃えるような音がした。顔を上げると、おばさ
んが燃えていた。否、炎の中に消えたとでも言うのだろうか、しかしその炎も消
えていた。
「なに、いま、の…」
惚けていると、何かに腕を掴まれた。振り向くと、アキヤマさんだった。さっき
までと違いハッキリした表情を浮かべているがすごく青ざめていた。
「ナナシんとこ、行こう。ヤバイ。」

45本当にあった怖い名無し sage 2008/05/06(火) 14:36:16 ID:LoVTQL1f0

アキヤマさんは言った。僕も同感だった。僕らは手を取り病院を出て、ナナシの
家に向かった。どのくらい時間が過ぎていたのか、あたりはもう暗かった。

チャリを飛ばしてナナシの家に向かった。後ろにいるアキヤマさんはずっと無言
だった。僕も何も言えなかった。
やっとナナシのバカでかい家の前まできたとき、何か嫌な匂いがした。焦げ臭い
匂いだ。
「ナナシ!!!???ナナシいる!!!!??」
僕はドアに手を掛けた。すると、鍵は掛かっておらずすんなり開いた。
不法侵入だの何だの何も考えず中に入ってあたりを見回した。ナナシはいない。
匂いのもとはどこだろう?そう思っていたとき、
「…よお?」
後ろから声を掛けられた。振り向くと、そこには、ナナシがいた。いつものヘラ
ヘラした笑顔、と、片手に大きな斧。
「な、なし、何して…」
「どうしたんだよ二人して、なあ?」
ナナシは笑った。でも目はぜんっぜん笑って無かった。イッちゃった表情?とい
うのか、知らない人みたいだった。そして、気付いた。ナナシの後ろの部屋から、
煙が立ち上ぼっているのに。
慌ててナナシを押し退けて部屋を見ると、そこはもう真っ白だった。薄く見える、
グチャグチャに潰された仏壇らしきものと、赤い炎。
「ナナシっ…お前、」
「母さんを殺したんだ。」
僕を遮って、ナナシは言った。
「母さん、俺のこと殴るから。優しいんだよ?優しいけど、殴るから。親父の悪
口言いながら、殴るから。殺したんだ。でも、母さんいなくなったら、俺、誰も
いなくてさ。」
ナナシは楽しい思い出でも語るかのように笑って言った。

46本当にあった怖い名無し sage 2008/05/06(火) 14:36:45 ID:LoVTQL1f0

僕もアキヤマさんも黙って聞いていた。
「だからね、もっかい生き返れば、いいなあって。今度は優しい母さんかもしれ
ないじゃん?
だから、頑張ったよ?俺。頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って」
不意に、笑顔が泣きそうな顔に歪んだ。初めて見る表情だった。
「成功、したと、思ったんだ。」
そう言うとナナシは、斧を壁に叩き付けた。斧は深々と壁に突き刺さった。
「なのにさあ、母さん、俺のこと殺そうとするんだ。俺あんなに頑張ったのに。
だからもっかい殺したんだ。
でも、何回でも生き返って、俺のこと殺そうとするんだ」
ナナシは泣いていた。子どもみたいだ、と思った。そんなこと考えてる場合じゃ
ないし、実際子どもなんだから不思議なことじゃないのに。
それはすごく不思議だった。
「だから、ハル、いっしょに死んでよ。」
そんなことを考えていたとき、ナナシが言った。言ってる意味がわからなかった。
「…は?」
「友達でしょう、俺ら。母さんに殺される前に、いっしょに死んでよ。」
ナナシは僕に言った。ナナシの表情はいつものヘラヘラ笑いに変わっていた。後
ろから煙がどんどんやってくるのも見えた。
僕は発作的にアキヤマさんに逃げて!!と叫んでいた。
「僕は大丈夫だから!!火がまわっちゃう!!!誰か呼んできて!!」迷っていたが、ア
キヤマさんは頷いて走って行った。僕は、ナナシをなんとかしようと思った。
「な、何言ってんのナナシ、お母さんなんていないよ。死んじゃったんでしょ。
大丈夫だよ、きっと疲れてて…」
必死に言葉を並べてナナシを説得しようとした。しかし、ナナシの後ろから迫る
ものを見て二の句が継げなくなった。
「ひっ…」

47本当にあった怖い名無し sage 2008/05/06(火) 14:37:21 ID:LoVTQL1f0

さっき病院で見たものと全く同じものが、ナナシの後ろにいた。なんで?さっき
消えたはずなのに、と考えていたとき、ナナシが言った。
「ね?逃げられないんだ、もう」
そしてナナシは、僕の首に手を掛けた。ゆっくりと力を加えられて、煙のせいか僕
は抵抗もできなかった。
「怖いの、もう嫌なんだよ。いっしょに死んでよ。お願いだからっ…」
ナナシが泣き笑いの表情を浮かべていた。ゆっくり目が霞んだ。なんだか、死んで
やらなくてはいけない気がした。

そして、目が覚めたとき、ありがちな話だが僕は病院のベッドの上だった。アキヤ
マさんが呼んできてくれた大人たちに助けられたようだ。火事も幸いひどくならず、
僕も気を失っただけで済んだ。
アキヤマさんは全容を大人に話はしなかったようで、ただの火遊びによる火事だと
思われたらしく、僕は親父に目茶苦茶叱られた。
そして、大人たちの話では、僕は家の庭に寝かせられていたそうで、だから怪我も
なにも無かったらしい。
「…あいつは?」
そう尋ねると、大人は顔を曇らせながら、火元の部屋で手首を切っているのが見つ
かったと教えてくれた。幸い命に別状は無いらしいが、しばらく入院した後に隣り
の市に住む親戚に引き取られると聞いた。
「火事を起こしてしまったから、責任感じて発作的に自殺しようとしたんだ」と言
われていたが、それは違う。ナナシは最初から死ぬつもりだった。僕を巻込んで。
そう思うと、許せない、という気持ちが沸いてきた。殺されそうになったこともそ
うだが、結局最後はひとりで死のうとしたことが許せなかったのだと、今は思う。
親友だと思っていたのに、いろいろな意味で裏切られた。それが許せなかったんだ
と思う。

48本当にあった怖い名無し sage 2008/05/06(火) 14:37:54 ID:LoVTQL1f0

結局僕はその後ナナシと一度も逢うことはなかった。一度も逢うことのないまま、
あいつは死んだ。理由はよく知らないが、自殺ではなく事故死だったそうだ。
あれから数年がたち、アキヤマさんは去年めでたく結婚し、僕は少し寂しい思いを
したりした。そんな中で思う。
あの頃、ナナシがしようとしていたことを止めていられたなら、ナナシが怯えてい
たことに気付いていたなら、
ナナシは今頃こんな冷たい石の下にいることなんか無かったのかもしれないと。
ただ、それは全部後の祭りでしかない。どうすることもできない。
だからせめて忘れないように、ナナシの話を書いてきたが、今日でそれも最後になる。
今度こそ本当に、僕と、僕の親友の話はこれでおしまい。
長々と済まなかった。ありがとう。

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