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壁のお姉ちゃん

   

596 名前:. 投稿日:04/06/27 16:50 ID:KAqDNqSw
【壁のおねえちゃん】

某都市郊外のマンモスマンションに姉妹が暮らしていた。
だがその暮らしぶりを詳しく知るものはいなかった。
それほどに姉妹はひっそりとしており
姉の白髪をみればどれほど長い間この二人は
このような暮らしを続けてきたのだろうと思わせるような
深い目をしていたらしく、
それは他人の詮索をためらわさせ、
また、会話を持ちかけてくることもなかった。

妹は身体障害者だったという。
外出できないためか姿を見た話も聞こえてこないので
寝たきりではないかと、これも噂されていた。

管理人は
「はじめから住んでいらっしゃった」と言う。
なんでもここの土地の一画の持ち主だったとのことで、
売った金と給付金でもう長いことずっと暮らしていましたよ。

597 名前:. 投稿日:04/06/27 16:51 ID:KAqDNqSw
長雨の降る6月に姉は買い物に出かけ、
帰らぬ人となった。
踏み切りから抜け出せずの轢死だった。
100mほど先で停まった電車まで
数本のさらしが飛んだと証言する人もいた。
その日のうちに姉の身元が判りマンションへ連絡がいくが
妹は角部屋の割に暗い部屋のなかで布団の上へ正座しており
ぼうっとした白い顔のまま
「わからない」「聞きたくない」
と呟くばかりだったという。

そこで一旦、妹は養護施設に引き取られることとなる。
「わからない」「聞きたくない」「おねえちゃん」
と呟くばかりで、見る間に衰弱していく様がわかるほどだった。
また「足がもれる、もれる(?)」と叫んでは
ベットから落ちて床にうずくまっていることもあった。
その白い腿より下部からは無数の引っかき傷があり、
あまりにも治癒を重ねたためか黒くひび割れた脛が、
病んだ歳月を物語っていたという。

598 名前:. 投稿日:04/06/27 16:52 ID:KAqDNqSw
妹の症状は右足に軽い麻痺をもつ程度であり
すぐに一旦の帰宅を施設員同伴で許されたが、
高所にある自分の部屋に近づくほどに、
激しく何かを拒絶する様子だった。
目が充血したかとおもうと涙をぽつりぽつりと落とし、
ついに玄関まで着いた頃には
嗚咽のない不思議な号泣に変わっていた、
担当した施設員はそう言う。
「困った」「可哀想だ」
そう思いながらも、これはなだめなければいけない。
しかし通路では場所も場所なので、と半身になりながら
ポケットから出した部屋の鍵でドアを開錠し、ノブに左手をかけると
「・・・えちゃん・・・」
という声を妹はだした。施設員はぞくりとしたが、
すぐにドアを開けるとともに、右手で妹の手を引っ張った。
ぐにゃりとしたその手は震えており、
まるで、細い生魚でも掴んだかのようだったという。
開けた部屋の、暗い光を吐き出してくるような湿気を、
いまだに忘れられないとも。

施設員がぐっと気持ちをこらえて
妹を引っ張ったまま敷居をまたごうとすると、
「・・・ぇじゃあああんッ・・・!!」
という咆え声とともにその妹の手首が
ばちんと爆ぜた、ように感じたという。
ぎょっとして反射的に振り返ると、
両肩までもぶるぶると痙攣させた妹が、
手摺りを越えてしまっていた。

599 名前:. 投稿日:04/06/27 16:53 ID:KAqDNqSw
自殺現場であったこのマンモスマンションにはダストシュートがあり、
姉妹の暮らしていた角部屋に隣接していた。
雨が明けて、熱い日差しが照る頃、いつも住民は思い出したという。
30mはあるかと思われるその高い壁面へ
染込んだ雨水が乾ききる最後の瞬間の皹が
「オネエチャン」
という文字を成すからだ。

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