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沼の部屋

   

389本当にあった怖い名無し2019/11/07(木) 22:29:30.10ID:z6l/JCw30

アルバイトの話なんだ。俺? 俺はフリーターってか、プー太郎だよ。
薬の臨床試験ってバイトがあるだろ、最初はあれに参加してたんだ。
うーん別に、不安を持ったとかはないよ。だって応募元は名前のしれた製薬会社だし、
毎日医師がついてて検査してくれるんだから、むしろ普段より健康なんかもしれない。
基本ただ寝てるだけで、飯もついて10泊11日で25万、これはこたえられねえだろ。
ああ、でもよ、今日するのはその話じゃねえんだ。その次にやったバイト。
この臨床試験で、同じ被験者の見田ってやつと知り合いになって紹介された。
年は俺より10は上だな。40歳以上に見えた。
うーん、筋者じゃねえと思う。臨床試験の被験者って刺青はダメなんだ。
それに、言葉遣いもていねいだったし、威圧するようなとこもなかった。
最終日、これで開放ってときに名詞を渡されたんだ。

その試験とは別の製薬会社のコンサルタントって、肩書きになってた。
まあな、不自然といえばそうだよ。
なんでそんなやつが他社の試験にいるのかわかんねえし。
でよ、こいつの紹介したバイトってのが、報酬がよかったんだ。
1日4時間の拘束で3万。ただし休みの日はないってことだったが、
要するに1ヶ月で90万になるわけだ。しかも違法なことは何一つないって
言われたから、こりゃ断る手はねえよな。で、承知したら次の日、
繁華街にある〇〇ビルってのを訪ねて来いって言われたんだ。
約束の時間は昼の2時、行ってみたら、飲み屋街の細長いビルなんだよ。
ほら、敷地面積のせまい土地に、階数だけのばして建てた雑居ビル。
ネオン看板を見るかぎり、全部がカラオケスナックかその類だった。
これはちょっと考えたね。水商売が悪いわけじゃないが、
それで日に3万って言ったら、ヤバイ仕事としか考えられねえだろ。


390本当にあった怖い名無し2019/11/07(木) 22:30:57.68ID:z6l/JCw30

だから、話しだいでは断ろうと思いながら、中に入ったんだ。
地下へ行けという指示だったんで、せまい汚い階段を下りていたら、
ドアがひとつだけ、看板は外されてたが、どう見てもバーかなんかなんだよ。
ノックした、そしたらややあって「入れ」って野太い声がした。
中は予想どおりバーのつくりで、カウンターに大きな男が座ってた。120kgは
あっただろうな。スーツ着てたが、ごつい体なのがその上からもわかった。
おそらく何かの格闘技の経験者だよ。ただし、そいつも筋者のにおいはしねえんだ。
そいつは見田って名乗り、臨床試験のときのやつの弟だって言った。顔は似てた。
俺はあいさつをし、それからすぐ仕事内容の説明をされたんだよ。
夕方6時にここへ来て、そうすると古ぼけたファックスに
連絡の紙がきてるから、それをまず読む。

内容は、なんと言えばいいんだ? 人5人くらいの名前と、その人の
いいエピソードが書いてある。いいエピソードって何のことかわかんねえだろ。
「何年何月に晴れて部長に昇進した」とか「後輩をいつも食事に誘って
慕われていた」とか、「長年母親の介護を親身になってやりとげた」とか、
そういう内容。一人一人の名前の下に箇条書きで10個ほど書かれてた。
5人だと50個くらいになるな。まずそれを暗記しろと。
こんとき きつく言われたのが、エピソードを忘れて言わないのはしょうがねえが、
絶対に人を取り違えるなって。つまり別のやつのエピソードを読むなってこと。
それと必ず末尾を過去形にしろ、ってことだった。で、だいたい暗記したら、
最初に名前を言い、それを感情込めて語りかける練習をしろって。
本番のときは紙を見ちゃいけないんだよ。何が本番かって? それは今話す。


391本当にあった怖い名無し2019/11/07(木) 22:32:04.80ID:z6l/JCw30

「やってみろ」って言われたから、その場で一人分だけやってみせた。
どうやら見田弟は満足だった様子で、カウンター奥の調理場に案内させられた。
バーだからせまいキッチンだったが、そのどん突きにドアがあって、
それが冷凍貯蔵庫みたいな頑丈な鉄扉だったんだ。
で、見田が最初に入ってスイッチらしいのを押した。
それで明るくなったとこへ俺も入って、思わず息を呑んだんだ。
広いんだよ。体育館半分くらいもあった。ただしもちろん天井は低い。
そこに薄暗い感じで水銀灯がいくつか灯ってる。これだと,
ビルの敷地だけじゃあ絶対足りない。裏手の道路の下にまで続いてるようだった。
それとさらに驚いたのは、下が3mほど土で、
その先が水・・・沼みたいになってたことだ。
地下だから太陽光が入らないんで、植物とかはなかったが、

それをのぞけば、平地にあるような沼だったんだ。水は澱んでて、
天井の色を映して青黒く光り、そこかしこからあぶくが立っていたな。
で、沼の手前に祭壇のようなものがあった。簡素なつくりで、
お盆のときの棚にも似てた。見田弟はその前に立ち、
「ここで9時になったらエピソードを一人ずつ、心を込めて語ってくれ。
 仕事はそれだけだから、終わったら帰ってもいい」そう言ったんだ。いや、
どういう意味があるのかはまったくわからなかったよが、質問できる雰囲気じゃ
なかった。その沼のある場所からは5分ほどで出て、厳重に鍵をかけた。で、さらに
注意事項をいくつか言われた。「沼の水には絶対に入るな。手を触れてもいけない」
「もし何か異常な事態が起きたら、店の中なら俺に携帯で連絡しろ。ただし沼の
 部屋で起きたんなら、祭壇の上に無線機があるから、赤ボタンを押して指示を聞け」


392本当にあった怖い名無し2019/11/07(木) 22:33:07.12ID:z6l/JCw30

「沼の部屋の戸締りを忘れたてたらクビ、言い訳は聞かない」
「休みはねえが、体調がもし悪かったら必ず連絡しろ」こんなことだったな。
その日は交通費と言われて封筒を渡されて帰ったが、中には10万入ってた。
で、翌日6時に出勤した。やはり見田弟がいて、「2、3日はいっしょにいてやるが、
慣れたらお前一人だからな」そう言って、沼の部屋と店の入り口のキーを渡された。
ファッスの紙を取ると、その日名前が載ってたのは4人で、
いかにも立派な人生を送ったかのようなエピソードが連ねてあった。
俺は2時間かけて暗記し、見田弟の前で披露した。
「合格、なかなかいいじゃねえか」にやにや笑いながら見田は言ってた。
で、9時になって沼の部屋に入り、祭壇の前に立った。見田は俺の後ろ、
ドアのすぐ近くで見てたんで緊張したが、20分ほどかかって語り終えたよ。

まるで葬式で弔辞を読んでるような気分だった。
沼は相変わらず、ぼこぼこと泡立ち、饐えたような臭いがしてた。
4日目で見田弟は消え、俺一人になった。その4日で12万、
最初の10万と合わせて22万だよ。信じられねえ金額だろ。
この仕事にどういう意味があるのかは考えないことにした。
おそらく沼は建築法とかに違反してるんだろうが、
俺がやってることに違法性はない。けっこう頭も使うし、それ以上何を望む?
ただ、日がたつにつれて沼の臭いがきつくなっていく気がした。
あと、どうしても圧迫感がある。言われてなかったから、
俺は常にドアを開け放したまま語りをしてたんだよ。
で、まあ何ごともなく10日ほどが過ぎた。


393本当にあった怖い名無し2019/11/07(木) 22:34:13.71ID:z6l/JCw30

そうだな、変わった点といえば、仕事が6時から10時までなんで、
生活が規則正しくなったよ。普通なら、その時間は酒飲んでるからな。
あと、夜ぐっすり眠れるようになった。内容はなんてこともねえ仕事なんだが、
終わって帰ってくると疲労感がかなりあるんだ。
やっぱり精神的に緊張してるんだろうな。
これが紙を見てしゃべるんなら気が楽だったろうが、暗記しなくちゃならんし。
1回ヘマしたことがあるんだよ。祭壇の前で語りかけるときに、
うっかり「とても立派です」って言っちまってな。
ほら、全部を過去形にしなきゃいけないってのに反しちゃったわけだ。
口に出してすぐに気がついたよ。背筋がぞくっとした。
うーん、特に何も起こらなかった。だから気を取り直して続けたんだ。

いや、見田弟にはそのことは言わなかった。首になっちゃ困るし。
やつは3日か4日おきに、店に顔出して封筒に入れた給料を渡してよこした。
そうだ。あと、だんだん体が沼臭くなってきてな。
これにはちょっと困った。そんなヒドいドブみたいな臭いではないんだが、
薬品のような感じの饐えた臭いだよ。消毒薬とも違うし、工場の臭い
っていうかなあ。おそらく沼に入ってるのは水じゃなかったんだろう、
何かの薬品。ま、できるだけ風呂に入るようにしてたから、人に会って
言われることはなかった。やがて1ヶ月になろうって頃に、見田弟から、
「あんた頑張るなあ。よくミスしないでやってる。沼がこんな一ヶ所で
 もってるなんて、記録じゃねえかな。もしよ、具合が悪くて休みたいとか
 あれば電話してこい。1日ぐらいなら俺が代わってやるから」
こんなふうに言われたりしたんだ。


394本当にあった怖い名無し2019/11/07(木) 22:37:10.67ID:z6l/JCw30

その矢先、1ヶ月過ぎたとき、ヘマしちまったんだ。
その日の名簿は3人だけで、楽だと思って油断した。どうしてそうなったか
わからねえが、1人目と2人目の内容を完全に取り違えたんだ。
いつものように沼の部屋に入って電気をつけ、祭壇の前に立って一息つき、
おもむろに語りかけを始めたんだが、一人目なのに二人目のを言っちまった。
しかもすぐに気がつかなかったんだ。半分目を閉じて、気持ちを込めて話してると、
ボッコンって音が聞こえた。沼のほうを見ると、風船くらいある大きなあぶくが、
10mほど先に出てたんだ。ここで気がつけばなあ・・・
しばらく待って何事もなかったんで続けた。そしたら、さっきのあぶくが割れ、
下から何かが出てきた。黒い、でかいもんだ。大きさは冷蔵庫くらいもあり、
丸い形をしてた。見た瞬間足がすくんだ。自分が間違えたことにも気がついた。

黒いのは髪の毛だと思った。それが沼の液体でへばりついたようになった
人の頭が・・・4つ、5つ、くっついたものだ。
並んでるんじゃなく、ひとかたまりに溶け合ってたんだ。
ずぶぶぶぶ、って音を立てながら、それはもう1mも出てきて・・・
俺は祭壇の上にネジ止めされてる小型の機械の赤ボタンを押した。
すぐに「どうした!」という声が聞こえた。見田兄弟の声じゃなかった。
「沼から何か出てきた。人間の体のかたまりみたいのが!」
「チッ」舌打ちがスピーカーから大きく響いた。
それっきりいくら呼びかけても応答がなかった。沼から出てきたものは
もう天井につかえ、ゼリーででもできてるみたいに広がってた。
くっつき合ってた顔も分かれて、天井のコンクリに貼りついたようになって・・・


395本当にあった怖い名無し2019/11/07(木) 22:38:22.12ID:z6l/JCw30

俺はそこまで見て逃げた。急いでドアを出て鍵をかけた。
そのまま店外まで駆け上って、夜の街へと逃げ出したんだよ。
・・・まあ、こんな話なんだ。
で、翌日、店が火事になったってことが新聞に出てた。といっても小火程度で、
すぐに消し止められたようだった。さあねえ、沼がどうなったかはわからない。
こっちから連絡をとることはなかったし、向こうからも電話はかかってこなかった。
店のあったとこへも行ったんだよ。そしたら、燃えた跡が外からはわからなかった。
だから地下のバーの内部だけなんだろうと思った。
黄色いテープが張られてて、階段を下りることもできなかったよ。
で、あったことをつらつら考えると不安になってきた。
そりゃ仕事内容からして尋常じゃなかったからな。ましてあんなものを見ると・・・
それでアパートを引っ越したんだ。結局高くついたってことだ。

それから・・・また、薬の臨床試験があって。
これは有料で登録してあるから、優先的に知らせてくれる。
その試験をやった病院で、見田に会ったと思うんだよ。ああ、兄のほうだ。
俺が昼過ぎの診断を終えた後、特殊病棟のロビーのベンチで本読んでたら、
横脇のエレベーターが開いたんだよ。緊急時にベッドごと移送したりするやつだ。
そっから車椅子の人が出てきたが全身に包帯が巻いてある。
で、顔の部分は白いゴム製のマスクだったんだ。犬神家のスケキヨって知ってるか?
あんなやつだ。しかもそいつは右足がほぼつけ根から、
それと左手が肘のあたりからないように見えた。
そこの実験病棟の階は一般の患者の姿は見かけなかったんで、あれっと思った。
むろんそんな状態じゃ自力では動けない。やっぱりその病棟では見たことのない、
赤いカーディガンを羽織った若い女の看護師が押してた。


396本当にあった怖い名無し2019/11/07(木) 22:39:23.30ID:z6l/JCw3

しずしずと俺の前を過ぎようとしたんで、投げ出してた足をよけた。
そしたら、看護師が乱暴な手つきで車椅子のやつのマスクをはがしたんだ。
焼け爛れた顔が出てきた。たぶん火じゃなく、何かの薬品で。
そいつは俺にその顔を向け、「うーうーうー」とうなったんだが、
崩れた顔だけど、面影に見覚えがある気がしたんだ。見田の兄だと思った。
「うーうー おろうろは しらら」そう言ってがっくり頭を落とした。
看護師があごを持ち上げてマスクをかぶせ、俺を見るともなく、
「こうなりたいですか? 沼のことは人に話してはいけませんよ」
そうつぶやいて、車椅子を押して検査室のほうへ去ってったんだよ。
うん、見田兄の言った内容は後で考えてわかったよ。
「弟は死んだ」これでまちがいないと思う。あれから3ヶ月が過ぎて、
俺の身のまわりに特におかしなことはない。ないが・・・

終わり
転載元:https://mao.5ch.net/test/read.cgi/occult/1570877860/

 - Part 357, 洒落怖