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開かずの倉庫

   

僕が、いっていた中学校の話です。実話です。
大阪市東淀川区の中学校に行ってました。
今から、20年前のことです。
当時は、校舎が、3棟ありました。
なにせ、当時は、ずいぶん人が多かった時代ですから。
話は、その中の一つの校舎の話です。
その校舎、当時には、めずらいい作りをしていました。
廊下の側の窓が、地上から、1,8m上にありました。
具体的には、拘置所の窓みたいに、天井から30cm下ぐらいに、
窓がついている、形状になっていました。
教室側の窓は、普通です。

校舎は、3階建です。
2階3階は、教室になっています。
1階は、倉庫、物置になっいています。
広さは、教室4個ぶんぐらいかな。
確か、ワンフロワー、4クラスだったと思う。
出来事は、1階の倉庫の話です。
僕が、入学する前から、1階が、すでに倉庫になっていて、
不自然でいた。
その倉庫のことを先生に聞くことは、タブーになっていて、
誰も、なぜ、1階が、倉庫になっているこか、教えてくれません。
倉庫は、開かずの倉庫です。
1年中、閉まりぱなしです。
霊感の強い子は、倉庫の前を通るのを極力嫌がっていました。
ある日、事件が、起こりました。
ある女こが、倉庫の前で、倒れました。
そして、しばらく、目を覚ましませんでした。
保健室に連れて行き、しばらくして、目を覚ましました。
そして、先生が、ほつり、言いました。
昔は、あの倉庫は、教室として使っていた。
しかし、何年か前、教室、自殺した女こが、いた。
それから、おかしなことが、起こるようになった。
自殺者が、出てから、倉庫として使用している。
開かずの倉庫として。
それから、僕が、3年のとき、その、開かずの倉庫を
解体することになった。
そのとき、解体屋を人たちが、なにやら倉庫から、荷物を搬出している、
そばで、お経をあげている、坊主が、いた。
ずーと、荷物の搬出が、終わるまでお経をあげていた。
そのことは、なにか、覚えている。
以上の話は、実話です。
当時を知っている人も、今となっては、37歳かな。

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