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もう一つのトイレ

   

122 名前:ボウズ 投稿日:02/08/29 02:56
これは今から10年前、私が大学生だった頃の話です。

私が通っていたのは地方、と言うかかなり田舎の大学で、学生たちも地味な人間が
多かった。
そんな地味な学生達でも、やはり4年生になる頃には卒業の為の単位もそろい、
それまでのバイトで貯めた金で、海外に卒業旅行に出かけたりするのだが
私はかなり怠けた生活を送ったツケで、4年になっても単位が足りず、
またバイト代も殆ど使い切ってしまっていた為、卒業旅行どころではなかった。
しかし、似たようなヤツはいるもので、結局はいつもつるんでいる4人で、
そのうちの一人の親父さんが勤める会社の保養所、と言うか研修センターに
ただで泊めてもらうことになった。
たいした施設ではないのだが、最近では会社で利用する機会も少ないとの事で
掃除と布団干しを条件に、何泊でも好きに使って良いとのことだった。
貧乏学生4人は、とりあえず1週間程の滞在をすることにし、1台の車に乗り込み
その研修センターに向かった。

地図を頼りに、約2時間半程山間へ走ったところにその研修センターはあった。
確かにここ最近利用されておらず、また管理人も特に設置していないとの事で、
パッと見た感じでは廃屋の様であった。
また、中に入れば入ったで、かび臭さが漂っており、本当にこんなところに寝泊り
するのかとゾッとしたが、掃除をすれば何とかなるレベルであった。

まずは状況確認も含めて、親父さんから借りたカギの束を使い、一部屋ずつ皆で
建物内を散策していった。

123 名前:ボウズ 投稿日:02/08/29 02:57
つづき

建物内の間取りはいたってこじんまりとしており、親父さんの説明どおり
宿泊用の4人部屋が1階に2部屋、2階に4部屋、共同の風呂が1つ、トイレが1つ、
それに食堂、キッチン、といったつくりであった。

しかし1箇所だけ開くことの出来ないドアがある。

それは2階の廊下の突き当たり(廊下の両脇に宿泊室が2部屋ずつある)なのだが、
特に変わった様子、つまり封印してあるとか、そういう感じではない。
ただ、カギの束のどのカギでもあけることが出来ないのだ。
建物を周りから見た様子、また部屋の構造などから容易にそこがトイレである
ことが解るのだが、親父さんの説明では『トイレは1つ』である。
既に1階を見たときにトイレは確認している。じゃあここは・・・。
単に親父さんの記憶違いと、故障か何かで使用不可なんだろうくらいに考え、
それ以上その『開かずのドア』を気にとめるものはなかった。その時点では・・・。

その後各自割り当てられた分担場所の掃除に取り掛かり、日が暮れる頃にはなんとか
生活できる状態にはなっていた。
部屋割りについては、2階の4部屋に一人ずつが宿泊することになった。
その日は掃除の疲れとアルコールのおかげで、割と早い時間に各部屋に入り
眠りについたのだった。


125 名前:ボウズ 投稿日:02/08/29 02:59
つづき

ベッドに入りどれくらいの時間がたったのだろう、体は疲れ起きているのが辛い程
なのだが、なかなか寝付くことが出来ない。夢うつつの状態にあったその時

びちゃ
廊下の方に足を向けた格好でベッドに入っていたのだが、その足元、ドアの向こうから
その音は聞こえた。あの音はいったい、何? 気のせい、・・・なのか?

びちゃ、・・・・・びちゃ・・・。
今度は確かにはっきりと2回聞こえた。

びちゃ、・・・・びちゃ、・・びちゃ、びちゃ・・・。
その音はだんだん間隔が狭くなりながら確かに聞こえてくる。
水分、それも粘着性の高い何かが、廊下の床に滴り落ちる、そんな感じの音である。
時計をみると午前三時。
こんな時間に、他のメンバーが何かをしているのか?
何かって、・・・何をしているんだ? 思いつかない。

びちゃ、・・びちゃ、びちゃびちゃびちゃ。
もはや恐怖に耐えかね、ベッドに半身だけを起こし、廊下に向かって問い掛ける。

『だ、誰か居るのか?・・・・おいっ!』
返事は無い。ベッドから降り、恐る恐るドアを開け、頭だけを出してゆっくりと廊下を
見回すと、廊下の突き当たり、例の『開かずのドア』の前にソレは立っていた。

・・!!!

私の叫びは、叫びにはならず、息を呑む音だけが廊下に響いた。
しかし私は足がすくみ、逃げることも出来ず、でもソレから目が離せなかった。

126 名前:ボウズ 投稿日:02/08/29 03:00
つづき

ソレは薄汚れた浴衣に身を包んでいる、浴衣の前は無様にはだけ女性用の下着が見えている。
浴衣から伸びている腕、足は異様なまでに痩せ細り、腹だけが異様な感じに膨れている。

その細い腕の一つが顔に伸び、片手がしっかりと口元を抑えている。
目はカッと見開かれ、一瞬白目になったかと思うと、口元を抑えた手の指の間から
吐瀉物が滲み出し、床に滴り落ちてゆく。

びちゃ、・・・・びちゃ、びちゃ・・・びちゃびちゃびちゃ・・・。

それは、床に吐瀉物を撒き散らしながら、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

何こいつ、誰だよ。おい、おいっ、やばい逃げろ!

私の頭の中はいろんな思考がごちゃごちゃになり、体が思うように動かせなくなっていた。
しかし、目だけはソレを見つめている。

不意にソレの目がよりいっそう見開かれたかと思うと、口元を抑えていた手を押し破り
一気に吐瀉物が噴出してきた。

びちゃびちゃ、びびびちゃびちゃぶちゃどちゃどびちゃっ・・・。

その吐瀉物の飛沫が私の顔にかかった様な気がして、ふっと我に返り

ぎぃゃあああああああっ!!!

けたたましい悲鳴をあげてドアを猛烈な勢いで締め、ベッドにもぐりこんだ。

127 名前:ボウズ 投稿日:02/08/29 03:01
つづき

すると、私の悲鳴を聞き向かいの部屋から友人が出てくる気配がした。

『なんだよ夜中にうる・・・ぎゃぁあああ!』

けたたましい悲鳴、廊下を走る音、そして階段を転げ落ちる激しい音。
その音で残り2人の友人も目を覚まし、廊下に出てきたらしい。
しかし今度は悲鳴をあげることもなく、私の部屋をノックしてきた。
私は半泣きになりながら、部屋を出ると、掠れた声で

『か、階段、階段っ!』

と階段方向を指差すと、その場にしゃがみこんでしまった。
友人の一人が階段に行くと、派手に転げ落ちたもう一人を発見し、直ぐに救急車を
呼んだ。
程なくして救急車が到着、階段を落ちた友人は数箇所骨折している様子で、また
意識もないことからそのまま病院に運ばれることとなった。
私はこれ以上この場所に居ることが絶えられず、付き添いとして救急車に乗り込んだ。

翌日、そのまま入院となった友人(病院で意識を取り戻したが、まだ処置の途中と言う
ことでろくに会話は出来なかった)を残し、一人研修所にもどった。
待っていた友人2人に昨夜の出来事を話したが、やはりこの2人は何も見ておらず
見たのは、入院中の友人と私だけだったらしい。
とにかく、これ以上ここには宿泊したくも無く、荷物をまとめ、研修所を後にした。

いったい、あいつはなんだったんだろう。あの開かずのドアって・・・。

128 名前:ボウズ 投稿日:02/08/29 03:02
つづき

帰宅後、研修所を所有する会社に勤めている親父さんに、事の経緯を説明したところ
親父さんは、ハッとした顔をした後、ぽつりぽつりと語り始めた。

3年程前、まだ頻繁に研修所を使用していた頃、社外講師を招いて、その年度に入社
した新入社員12名を対象に2週間の自己啓発セミナーを実施した。
その内容はかなりハードなもので、社会人としてのマナーは勿論のこと、生活面でも
全てを規則で縛り付けていた。その12名の参加者の中に一人の女性がいた。
かなり華奢な体つきをした彼女は、相当の偏食家で好き嫌いが多いといったレベル
ではなかった。当然、この講師が食べ残しを許すはずも無く、口の中に食べ残しを
押し込み、水で流し込むように食べさせていたのだった。

彼女は夜な夜な、2階のトイレで胃のものを吐き出す生活を続け、半ばノイローゼ状態
に追い込まれていた。

研修も後半に入ったある夜、やはり夜中に2階のトイレで嘔吐を繰り返していたところを
講師に見つかってしまった。講師から、研修所中に聞えるような大声で激しい叱責を受け、
最後には、お前みたいな精神が弱い人間は生きている価値が無い、とまで言われたそうだ。

自分の吐瀉物にまみれ、呆然と座り込む彼女を心配し、同期の何人かが声をかけたが
何の反応も無かったそうだ。

翌朝、同期の一人が用を足そうと2階のトイレに入ったところ、彼女が浴衣の紐を個室の
ドアの鴨居にかけ、首を吊って死んでいたそうだ・・・。

私たちがあの研修所を利用した半年後、建物は取り壊された。

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