(・・・!)
私は頭に置いていた両手をおそるおそる目の前に持ってきました。
(・・・!)
爪を立てずに指の腹でマッサージをするように・・・
もう一つの手が、私の髪を洗っています。
「誰!?」
振り向くと、顔の焼けただれた女性?でしょうか?が私の頭の上に片手をのせたまま・・・
「・・・きれいな・・・か・・・み・・・ね・・・」
確かに女性の声でした。
シャワーの音で気が付きました。
私はシャンプーの泡を流さないまま気絶していたので髪の毛がごわごわです。
そんなことを気にしている場合ではありませんでした。さっと泡を洗い流し、
着の身着のまま、マンションを飛び出しました。
電話ボックスから友人のケータイに電話し、ファミレスで合流。
「やっぱり。明日、不動産屋に聞いてみましょう。付いていってあげるから。」
翌日、不動産屋に聞いた話はこんな感じでした。
マンションが建つ前、そこには1件の家と花屋さんがあったそうです。
花屋の娘さんは長い髪が自慢の美人でした。
ところがその家で火事が起こってしまったのです。
お風呂場のガス釜が爆発したのです。
居合わせた娘さんは顔を大やけどし、自慢の髪もほとんどが焼けこげてしまいました。
娘さんは恋人にもふられ、ひきこもりがちに。
一掴みだけ残った髪の毛をそれはそれは大事にしていたそうです。
シャンプー、トリートメント、リンスを1日に何度も繰り返し、
鏡の前で髪をとかしながら、
「・・・私の髪、きれい?」「・・・私の髪、きれい?」
何度も母親に尋ねていました。
ところがそのわずかな髪も、精神的ショックと手入れのしすぎで抜け始めてしまったのです。
娘さんは、お風呂場で手首を切って自殺しました。
お母さんが買ってきてくれた新しいリンスをまるまる1本、1度に使い切ってから。
「ちょど、お嬢さんのような髪のきれいな娘さんだったよ。」
不動産屋は私を懐かしそうに見つめて、そう言いました。