洒落怖超まとめ

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夜の会社

   

966夜の会社1/4 ◆BxZntdZHxQ sage 2008/07/18(金) 00:22:28 ID:DWlnez5f0

友達の松岡はオタクの会社に勤めていた。
いや、今も勤めているが、これは何年か前に聞いた話だ。
そして具体的に言うと、同人誌即売会の関連書籍を作っているらしい。
即売会は日曜や祝祭日に行われる訳で、
畢竟、連休前や中高生の長期休暇前には仕事が立て込む事になる。
出社時間にもよるのだが、退社時間が日付け変更を大幅に過ぎるなど日常茶飯事で、
その時も夜間一人で作業をしていたそうだ。

松岡がいるフロアは一人ずつの机がパーテーションで区切られている。
大抵の机の上やパソコンまわり、パーテーションの内側には、
何かしらのアニメやゲームのキャラクターグッズが飾られていた。
人のいない隣の部署は真っ暗で、自分の部署も薄暗い。
自分のブースの中、ポチポチとひたすらデータを入力していると、
不意に近くの電話が鳴った。

内線のランプ。
MDプレーヤーのイヤホンを外して、松岡が手を伸ばすとすぐに呼び出し音が止んだ。
(間違い電話か…。まだ人が残ってる所があるんだ。)
松岡はすぐに作業に戻った。
すると、暗がりで電話が鳴り始めた。

隣の部署の電話が鳴っている。近付いてみると、また内線だ。
受話器を取る。さっきのは、ここにかけようとして間違えたのか。

967夜の会社2/4 ◆BxZntdZHxQ sage 2008/07/18(金) 00:24:22 ID:DWlnez5f0

しかし、取った瞬間に電話は切れた。
背後で呼び出し音がする。今度は松岡の部署だ。
戻る、だがまた取る直前で切れる。
松岡は咄嗟に踵を返し、明かりのない方へ走った。
電話が鳴った。
案の定、人のいない部署の方の電話。
ひとつめのコールが鳴り終わらないうちに、松岡は受話器を取った。
「もしもし!?」
「……」
向こうは無言だった。微かに息遣いのようなものが聞こえる。
「誰?悪戯?用があるならこっちに来いよ!」
松岡は苛立って怒鳴った。
〆切が近いのに、こんな夜中にイタ電なんかしてるのはどこのどいつだ。
相手の返事を待たずに受話器を叩き付ける。
内線と言う事は多分社内からだ。
同じ様に残業している誰かが、明かりがついているのに気付いてやっている。
松岡は机に戻ると、怒りをぶつけるようにキーを叩いた。

暫く作業に没頭して、一息吐いた時にちょうど曲が終わった。
次の曲が始まるまでの僅かな無音の間に、誰かの足音が聞こえた気がした。
松岡はドアの方を見た。
音楽を聴いていても、作業に集中していても、ドアの開く音くらいは分かる。
誰か来たなら気付いた筈だ。それなのに。

足音は部屋の中でしていた。
隣の部署の暗がりの中で。

968夜の会社3/4 ◆BxZntdZHxQ sage 2008/07/18(金) 00:25:30 ID:DWlnez5f0

松岡は振り返ったが、誰もいない。足音もしない。
「…誰?」
めっぽう喧嘩が強く、電車で痴漢をのした事もある松岡。
もし危ないヤツが潜んでいたのならぶん殴ってやる、その位の気概で立ち上がった。

……コン。
乾いた音がした。小さな音。
コン、コン、コン。
暗い部屋の奥の方で、何かを叩く音がする。
左から右へ。
最初は何の音か分からなかった。音は順に移動していた。
部屋の端まで行って、音は折り返す。
右から左へ。
さっきより音が近くなっている。これは。

パーテーションを叩いている!
姿は見えない。生身の誰かの悪戯ではない。

…ならば別にいいか。

松岡は鷹揚だった。
京都で生まれ育ち、ばーちゃんから色々仕込まれ、母親も霊感持ちだったので、
基本的に「そういうもの」には構わない質なのだ。
怖かったり不快だったりするが、関わり合いにならなければ、大抵の場合実害はない。
それなら、今は目前の〆切の方が遥かに重要だ。
暗がりでコツコツと音が廻るのを放置して、松岡は仕事に戻った。

969夜の会社4/4 ◆BxZntdZHxQ sage 2008/07/18(金) 00:27:20 ID:DWlnez5f0

イヤホンから流れる音楽の狭間に聞こえるノックの音は、二曲ばかりのうちに止んだ。
(姿も見せられない癖に…根性のないヤツだ。)
松岡はふっと息を吐いた。
その瞬間。

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドンッッ!!

轟音と共に、目の前のパーテーションが揺れた。
薄明かりの中、松岡の部署のパーテーションと言うパーテーション、
全てが一斉に打鳴らされている!
あまりの大音響に、流石の松岡も「ひっ」と息を飲んだ。
すると、音はピタリと止んだ。

松岡は薄ら寒いものを感じて、やりかけの作業を保存してパソコンの電源を切った。
そのまま急いで会社を出て、以来暫くはなるべく人のいる内に退社したそうだ。
社内ではたまにそんな事が起こるらしい。

俺は怖い。とてもじゃないが、俺ならそんな所で夜まで働けない。
そう言ったら、松岡は「ナオさん、自分の仕事を棚にあげてるねぇ。」と微笑した。
俺の仕事も殆ど夜中に動いている。
なるべくなら、一人で作業している時には思い出したくない。

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