洒落怖超まとめ

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思い出深い家

   

805 2008/09/03(水) 22:04:02 ID:8Yys0Fh40

マニラであった不思議な体験

自分が実際に体験した不思議な出来事を、 出来るだけ詳しく、書きだしてみます。 少し長いですが、お付き合いいただければと思います。 まず、簡単な自己紹介から。 私は、現在39歳、仕事の関係でフィリピンのマニラに住んでおります。 



807 2008/09/03(水) 22:04:59 ID:8Yys0Fh40


これからお話しする件は、2007年1月2日、
現地時間の午後三時ごろ起こりました。  
クリスマス休暇と元旦を日本で過ごした後、
1月2日の午後二時ごろに、フィリピンの家へ たどり着きました。
マニラの借家は2階建てでかなり広い家ですが、
一通り家の掃除等をして、 1階の書斎にて、
たまっていたメール等をチェックしておりました。 
当時、妻は2階でシャワーを浴びておりました。 

812 2008/09/03(水) 22:12:42 ID:8Yys0Fh40

何分か経つた所で、書斎の横の台所から、
人が歩いているような物音がしました。 
ちょうど、女性がハイヒールの靴で、床を歩いているような音です。 
妻は2階にいると思っていたので不思議に思ったのですが一応、
妻の名を呼んでみましたが、返答はありません。
東京からのフライトは4時間程ですので、疲れているのかと思い、
気にも留めずにいました。 そしたら、何分か後に、又、
コツコツという同じ靴の音が聞こえてまいりました。 
妻の名を再び呼んでも、何も返答はありません。 


808 2008/09/03(水) 22:07:10 ID:8Yys0Fh40


そして、3回目の音が聞こえてきたときに、
これは泥棒(マニラでは多い)だと思い、
意を決してキッチンに向かいました。 
ドア越しに隠れ、いち・にの・さんで台所に入ってみると
・・・・・何も変わった様子は、ありません。 
誰もいないし物音もしません。 
アーやっぱり時差ぼけだと勝手に思い込み、
その日はそれで終わりました。 

810 2008/09/03(水) 22:10:35 ID:8Yys0Fh40

さて、2007年1月4日木曜日(つまり音を聞いた2日後)の晩に、
妻とダイニングで夕食をとっていると、妻の携帯がなりました。 
電話の主は、マニラで世話になっている、
不動産屋のスタンリーさんです。 

812 2008/09/03(水) 22:12:42 ID:8Yys0Fh40

何分か経つた所で、書斎の横の台所から、
人が歩いているような物音がしました。 
ちょうど、女性がハイヒールの靴で、床を歩いているような音です。 
妻は2階にいると思っていたので不思議に思ったのですが一応、
妻の名を呼んでみましたが、返答はありません。
東京からのフライトは4時間程ですので、疲れているのかと思い、
気にも留めずにいました。 そしたら、何分か後に、又、
コツコツという同じ靴の音が聞こえてまいりました。 
妻の名を再び呼んでも、何も返答はありません。 

813 2008/09/03(水) 22:14:40 ID:8Yys0Fh40

電話で話している妻の顔色が変わってきたのが
横にいてすぐわかりました。 
電話が切れた後、妻が言うところによると、
借家の大家(女性)が1月2日の午後3時ごろ
癌で亡くなったというのです。  
その話を聴いた瞬間、僕の体には、今まで体験したことのないような、
鳥肌が立ったことを、今でも覚えております。 
そうです。台所で、ハイヒールの音を聞いた日時・時刻と、
大家が亡くなったときがぴったり一致するのです。 

814 2008/09/03(水) 22:15:34 ID:8Yys0Fh40

この話にはさらに続きがあります。 
私のようなマニラ在住の海外駐在員は、
比較的簡単に、 住み込みのメイドと運転手を雇えます。 
1月3日午後に、運転手が家の中で女性の影を
見たというのです。 彼らがその話を切り出すまで、
私が、台所で音を聞いたこと、そして、大家が死んだことは、
一切話をしていませんでした。 その話を聞いたとき再び、
背筋が凍りつきました。

あとで、わかった事ですが、私が住んでいた家は、
亡くなった大家が最初に立てた家で、3人の子供を育てた
思い出深い家だったそうです。


以上。

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