洒落怖超まとめ

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生霊

   

429 今は昔 (1/5) 04/09/23 02:02:25 ID:gnyEtgT1
京から、美濃・尾張の方面に下ろうとする身分卑しい男があった。まだ夜中の内から、
起き出して家を後にした。
歩いて行くと、四辻の大路に、青味がかった衣を着た女房が、裾を取って、
ただ一人で立っている。
男は、(一体あの女はどういう女だろう。こんな夜中にまさか一人で立っているはずがない、
男の連れがあるのだろう)と思って、そのまま通り過ぎようとすると、

「もし、そこをお通りのお方はどちらへいらっしゃるのですか」

と女が問いかける。

430 今は昔 (2/5) 04/09/23 02:03:51 ID:gnyEtgT1
男が「美濃尾張の方へ下る者です」と答えると、

「それはお急ぎの事でしょう…お急ぎとは存じますが、申し上げたい事があります。
 ちょっとばかり、お立ち止まり下さい」

と言うので、男が「何事でしょうか」と言って立ち止まると、女は

「この辺りにある、民部大夫某という人の家はどちらでございましょう。
 そこに行こうと思っておりますが、道に迷ってしまいました。
 私を、そこへ連れて行っては下さいませんか」

と言った。

431 今は昔 (3/5) 04/09/23 02:05:14 ID:gnyEtgT1
男はしぶしぶ、女を連れて歩き出したが、女はというと、

「ほんとに嬉しいこと」

と言いながら随いてくる。その様子が、どうにも薄気味悪いように思われるが、
ただ、何でもないことだだろうと思って、言われた民部大夫の門まで送り届けると、女は

「急いでお出かけのところ、わざわざ引き返して、ここまで送って頂いて…
 返す返す嬉しく存じます。私は近江の某所に住む、某という者の娘でございます。
 東国へおいででしたら、その街道から近くでございますから、
 是非お立ち寄りになって下さいまし。
 色々申し上げたい事がございますので」

などと言ったかと思うと、今まで門の前に立っていたはずの女が、
不意にかき消え失せてしまった。

男は、(門が開いてでもいれば、門のうちに入ったとでも思いもしようが、
門は閉まったままだ。これは一体どうしたことだ)と考えると、髪の毛が太るように
恐ろしくなって、その場に突っ立ったまま足がすくんで動けなくなった。
すると、この家の内から、にわかに泣き騒ぐ声が聞こえてきた。

何事かと耳を澄まして聞き入ると、人が死んだ気配である。

432 今は昔 (4/5) 04/09/23 02:06:12 ID:gnyEtgT1
(不思議な事だ)と思って、しばらくその辺をうろうろしている内に、夜も明けたので、
一つ、この事のわけを尋ねてみようと思った。夜がすっかり明けはなれてから、
その家に仕えている者で、ちょっと知っている人があったので、
その人を訪ね会って、今朝の様子を聞いてみた。
するとその人は、

「近江国においでになる女房が、生霊となって執り憑いたと言って、
 こちらの殿様がこの二、三日患っておられましたが…、
 今朝の明け方に、その生霊が現れた様子がある、などと仰っているうちに、
 急にお亡くなりになってしまわれた。
 してみると、生霊というのは、こんなにあらたかに人を取り殺すものなのでしょうか」
と語った。

それを聞くと、この男も何だか頭が痛くなってきた。
(女は礼を言ってはいたが、やはりその毒気に当てられたのだろう)と思い、
その日は旅立ちを止めて家に帰った。
その後、三日ばかりして東国へ下ったが、女の教えた辺りを通りかかった時、男は、
一つ、あの女が言った事を確かめてやろうと思って、尋ねて行くと、本当にそういう家があった。

433 今は昔 (5/5) 04/09/23 02:07:10 ID:gnyEtgT1
立ち寄って、人を通じて、しかじかと来意を告げると、
確かにそういうことがあったはずだ、と言って呼び入れられ、
女は御簾越しに対面して

「この間の夜の喜びは永久に忘れる事ができません」

などと言って食事を出し、絹布などをくれるのだった。
男は恐ろしくてならなかったが、様々な品物などを貰って、やがて東国へ下った。
思うに、生霊と言うものは、ただ魂が乗り移ってすることかと思っていたが、
なんと、現に、その当人も自覚している事であったのだ。これは、かの民部大夫が
妻にしていた女房で、大夫が捨ててしまったものだから、恨みの一念から生霊となって
取り殺してしまったのだった。

されば、女の心は恐ろしいものだ、と語り伝えたとのことである。

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